結果がすべてでプロセスに価値はないのか

こんにちは、亀田(@NK_trustcoach)です。

「結果がすべて」

サッカーの場でも、ビジネスの場でも言われてきました。

そして、ごくごく一般的にも信じられている考え方だと思います。

この言葉が信じられている理由は明白で、定量化できて、客観的に誰が見ても納得のできる平等な評価が、結果以外にはできないからだと思います。

結果に対する解釈は人によって割れることこそあるものの、「数字」やアウトプットは証拠として機能します。

その意味で、「結果がすべて」という言葉は、正しさを持っている考え方なのだと思います。

プロセスに目を向けたい立場

ただ、以下の「2つの立場」に立った場合、結果以外、すなわちプロセスにも目を向けても良いのではないかと考えています。

立場とは、

1)自分が上司として部下を観る場合
2)自分で自分を観る場合

の2つです。

1)自分が上司として部下を観る場合

上司である以上、「査定」をする必要があります。

給料に跳ね返りますし、どうしても他者比較の側面はあるので、これに関しては「結果」を重んじる必要はあると思います。

ですが、結果のみを評価し、報告を受けるだけなのであればこれは誰にでもできることです。

別に、誰が上司だっていいってことになります。

つまり、上司としての役割は、プロセスの中にこそあるんではないか、と考えられると思うのです。

なぜなら、部下も上司も、結果をコントロールすることはできず、できるのはプロセスにおける自らの行動のみだからです。

部下本人は、結果に向けて自分の行動を考え、実行し、検証して改善する。

上司は、そのプロセスに関係し、コーチングしたり、時にティーチングしたりをしながら成長を促す。

これがあって初めて査定につながる結果を出せる可能性が上がると思うのです。

ですので、上司は、部下の結果だけでなく、プロセスにこそ関係し、評価をする必要があるのではないでしょうか。

2)自分で自分を観る場合

続いては、自分で自分に対しての評価をするときです。

前述した通り、結果というのは水物で、外部環境にも左右されます。

誰もコロナをコントロールできないのがいい例です。

なので、結果は結果として受け止め、必要以上に深刻になる必要なんてないと思うんです。

「自分はなんてダメな奴なんだ…」

と思ったって別にいいんですが、ダメならダメなりに、ダメだった原因があるはずなので次に結果を出すためになんかやらないとじゃないですか。

つまり、プロセスをきっちり評価し、改善してこそ、次の結果につながるじゃないですか。

かつて、僕は営業をやってましたが、営業なんて最たるもので、断られる回数のほうが多かったです。(これは自分の実力不足も大いにありますが)

結果ばっかりに目が行って深刻になってると、「行動量が足りなかったんだ!」なんて筋肉な発想になりがちです。

でも、ダメな行動をどれだけ時間かけようが量やろうがダメなので、プロセスに目を向けてしっかり考えましょうということなんです。

まとめ

結果を出すことは大事なことです。

結果を評価することも、同じく大事なことです。

ですが、その結果がどうあれ、積み重ねてきたプロセスに価値がないなんてことはない。

断じてない。

自分がやってきたこと、部下がやってきたこと。

そこをしっかりと観ながら、次に向かっていきたいですね。

スポンサーリンク

ぜひシェアをお願いします

メールマガジンに登録!

メンタル言語化ワークアウト 読者登録フォーム

ABOUTこの記事をかいた人

カメダ ナオト

2017年前まで大企業で人事・総務、営業を経験、その後、WEBマーケティングのコンサル会社に転職。現在に至る。 会社やクライアントにコントロールされている感覚が抜けず、すべてに受け身な状態になってしまっていました。そんなときにコーチングに出会い、自分の人生を自分でコントロールし、自分株式会社の経営者として人生戦略・キャリア戦略をもつことが大事だと築き、自らを変え、コーチングによるサポートも行っています。 「会社員だから」「フリーランスだから」ではなく、自分が納得できるキャリアや人生を描くサポートをしていきます。 これからは、ビジネスマン・アスリートをコーチングでサポートしながら、学校教育にもコーチングを拡げ、変化の激しい時代を力強く進んでいくためのコンパスを子どもたちに提供してきたいと考えています。