「自分を売る」ことについて

ちょっと今日は、自分が読みたいことを書いてみたいと思う。

なので、文章校正とかは一旦脇に置いている。

うっすら、心の中で思ってたことなのだけど、ちょっと書きなぐりたい気分なのだ。思えば、なんともどこにでもある文章を書いてきたものだなという反省もあるし。。

今回は、同業であるコーチには特に伝わる気がする。というより、これはもう自分への言葉なので、伝わらなかったらそれはそれ。

ではいこう。

「自分を売る」

「自分を売ってください」

先日、マイコーチがトレーニングの場で別のコーチにそう言っていた。

この言葉は、おそらくはすべてのコーチに当てはまる。いわんや私をや。

コーチングは、無形も無形で、実際のところ、よくある「メリット」「ベネフィット」を相当提示しにくいサービスです。

いや、そもそもサービスなのか。そこから怪しい。論点がズレまくるから一旦これはいい。

例えば、アスリートに対して、

・金メダルが獲れる
・100mを9秒台で走れるようになる

とは言えない。

獲れるものなら獲りたいし、走れるものなら走りたい。

だが、それができるのは超限られた一握りで、結果など保証できない。できるとすれば催眠でしょうか。いえ、詐欺です。

ビジネスに当てはめてもそれは同じで、売上を100倍にするなどと保証はできないし、出世することを保証することもできない。

「結果にコミット」をするなんてことは、コーチにはできない。

情報は提供しても、アドバイスはしないのが基本ですしおすし。

だから、結果を出すことをメリットとして提示してコーチングを売ることは不可能と言ってもいいし、自分はコーチだからその価値を体感することができているが、実際問題「コーチングしてほしい」という人は、コーチングを知っている人がけっこう多い。

読めばわかるけれど、実際コーチングを訴求する文面というのは、かなり抽象度が高く、具体的にイメージがしにくい。

私自身が実際にコーチングを募集するときにも大いに悩むところであり、正直何年も悩み続けたし、現在進行形で毎回悩むところである。

「コーチングを集客するためのコーチ」というのが結構頻発するのを見るのだけど、たぶん、実際にその人は「コーチング」で集客はできていないのではないだろうか。

「起業支援で起業して、起業支援者を増やす」というのにちょっと似ている。

ただ、裏を返せばそれくらい難しいということ。

しかし、世の中には、世のリーダーたちに選ばれ、自分の人生を生きたいと切に願う人たちに選ばれるコーチが一定数存在する。とあるスクールなんかには特に。私もそうでありたい。

コンサルの手段としてコーチングを使って「集客に悩むコーチ向け」というのは、実際にニーズとしてあるわけだからマーケティング的には正しい。

悩んでいるコーチは多いから。

だが、そうではなくて、個人・企業などなど、コーチングをコーチングとして選ばれている人はいったい何が違うのか。

結論は冒頭に戻る。

「自分を売っている」のではないだろうか。

背景のほうが雄弁である

ちょっと話は変わる。

私はよく「あり方が大事」ということを発信する。TwitterとかTwitterとかTwitterとかで。

「敬意の視点が大事」ともいう。これは私の課題そのものだから、言い聞かせているに近い。

ただ、いずれにしても、

・あり方が大事
・経緯の視点が大事

この言葉を私が発信すること自体に、そもそも価値がないとすらこないだ思った。ついこないだ。

なぜなら、その言葉を発信することそのものに、私のあり方も敬意も現れてはいないからだ。

Twitter論でツイートを伸ばしてどや顔するようなもので、結局どんな言葉を発信したとしても、発信したことそれ自体ではなく、むしろ「それ以外」の場面で本当の意味であり方は出るし、敬意の視点の有無は現れる。

Twitter論は、Twitter論は全く関係ない内容のツイートで実践しているかどうかが問われる。

つまるところ、発言の背景のほうが、よほど雄弁に伝えたい言葉を語るのだと。

話をコーチングに戻そう。

では、コーチングの背景とは何だろうか。

コーチが、コーチングを激賞するなんてそりゃ当たり前の話で、それを人は「ポジショントーク」という。

というより、昨今のSNSで語られることは、ほぼほぼポジショントークであり、いくら「大事」と主張されたとしても特に流される必要などなく、自分はどう考え、どういうスタンス・ポジションを取るかのほうが重要である。

というポジショントーク。

そこに信念はあるのかい…?

もどろう。

コーチがコーチングを称賛するのが当たり前だとしても、じゃあクライアントになってほしい人はそれが欲しいのか。

それは多くの場合「否」であろう。

というより、前述した通り、「コーチング?なにそれおいしいの?」という人ばかりで、実際その人の悩みへの直接の処方箋であるケースなど皆無に等しいのだから、「コーチングってね、、、いいんだぜ?」と伝えたところで3分の1も伝わらない。

コーチの純情な感情は砕け散るだけなのだ。世代がバレる。36歳です。

悔しいですっ!!!

でもな、私も含め我々コーチというのは、すっごいざっくり言うと、クライアントの理想が実現することを心から願っているし、ともに走りたいと思っている。

思っているのだが、悲しいかな、そのまま伝えたところで求められていないのである。

求められているように見える人もいるが、それはつまり「自分を売る」工程ができている人という私の見立てはおそらく正しい。たぶん、きっと、おそらく。

つまり、コーチングの背景とは何なのか。

コーチングをコーチングすごい!といくら言ったところで、そんなものは伝わらないのだとしたら、

「自分自身がコーチングでどう変化してきたのか」

「何を実現してきたのか」

「何ができるようになったのか」

などなど、「己を語る」他にないのではないか。

「コーチングとは…」などと、かしこまって定義を語り、世に示していくことなど、私には100万年早かった。考え続けるけど、説得しようとするのは違うな。

反省。わたし反省。

体現するしかないのでは

説得せずして説得するには、もはやそれは体現することでしかなく、それすなわち「あり方」というのではあるまいか。

そうやって、自分自身が魅力的であり、なりたい自分になっていき、ほしい成果を上げていく姿を、どや顔することなく示していくこと。

そうやってみて初めて見ている人が、「なんか、コーチングっていいな…?」って思い始めるんじゃないかと思うだがどうだいそこのあなた?

これ多分、コーチングのところを営業・人事・キャリアに置き換えたって同じだと思うんですよ。

クライアントのメリットを提示できる場合であってもよ。

やっぱりその人の背景というのは、言葉や顔にも出るんじゃないだろうかね。

それぞれに立ち向かう何かがきっとあると思うのだけど、それに対して何を考え、どう捉え、どんな行動をしてどう現実を動かしていったのか。

まずもって、言おうとしていることを直接言葉にする前に、具体的に、実生活で、現実で、お前はどうしてきた!!

そう、問われるのではないか。

「捉え方で人生は変えられる」とあなたはいう。

であるなら、どんな場面をどう捉えなおして行動変えた結果おぬしどうなったんだい…?

数字で示すだけが実績じゃないんじゃないか。

「いい!いい!!」と喘ぐだけが、伝えることじゃないんじゃないか。

伝わってるのは、きっと背景だよ。

背景を語って、輪郭を伝えてくんだよ。たぶん。

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ABOUTこの記事をかいた人

2017年前まで大企業で人事・総務、営業を経験、その後、WEBマーケティングのコンサル会社に転職。現在に至る。 会社やクライアントにコントロールされている感覚が抜けず、すべてに受け身な状態になってしまっていました。そんなときにコーチングに出会い、自分の人生を自分でコントロールし、自分株式会社の経営者として人生戦略・キャリア戦略をもつことが大事だと築き、自らを変え、コーチングによるサポートも行っています。 「会社員だから」「フリーランスだから」ではなく、自分が納得できるキャリアや人生を描くサポートをしていきます。 これからは、ビジネスマン・アスリートをコーチングでサポートしながら、学校教育にもコーチングを拡げ、変化の激しい時代を力強く進んでいくためのコンパスを子どもたちに提供してきたいと考えています。