行動は「する・しない」ではなく選び取るものだと思う

こんにちは、TCS認定コーチの亀田(NK_trustcoach)です。

僕には娘が2人いまして、両方ともピアノを習っているんですね。

で、先日「パパは楽器できないの?」と聞かれたので、昔アコギをやってたことを話したら「買って!!」ってなったので、買うことに…

そのギターが到着しまして、少し触ってみたのですが、やっぱり十数年ぶりなので下手になってますよね。。

とはいえ、往年の趣味が復活した感じがして、気分的には上がってます笑

 

とはいえ、趣味は趣味なわけでして、自分自身の人生のなかでどれくらいのウェイトを占めるもので、かつ、重要度がどんなもんなのか、優先度はどうなのか、などは見極める必要があります。

何が言いたいかというと、よくある自己啓発の「行動しましょう」は、「行動を選びましょう」なんじゃないか、ということです。

 

考え方一つではあるのですが、ギターを弾くというのは、僕の24時間のなかで言えば「行動」の一つです。

「時間を消費する」というのが、行動の定義とするなら、「やらない」というのもまた「やらない」という行動と言えますよね。

つまり、人は常に行動をしていると言えるんじゃないかと。

ということは、人生の目的なり、目標なりがあったりするなら、そこに向かうための行動は常に「選び取る」という視点が欠かせません。

 

というより、意識している、していないにせよ、何らかの目的に対して人は行動を選んでいるとも言えます。

例えば、僕はブログを書いているときに、こんなことを思うことがあります。

・こんなこと書いて、叩かれたらどうしよう
・因果関係がおかしいから突っ込まれたら恥ずかしい

この思いをこじらせると、「見知らぬ誰かに何かを言われないため」に、ブログを更新しない、という選択をしてきたわけです。

嗚呼…

そして、読書しようものなら、某TCS代表コーチに「学びに逃げるよね…」とフィードバックを食らう羽目になる。(あの顔を思い出すだけでもイライラします笑)

なんて日だ!!

 

さて、会社や仕事の場面でも考えてみましょう。

例えば、あなたの部下がある目標を達成できなかったとします。

では、彼は彼女は何も行動をしていなかったのか…?

いえ、何かはやっていたはずです。

あなたが思い描いた行動でなかったとしても、何らかの目的を設定し、「行動」はとったはず。

それが「動かない」という行動だったかもしれませんが。

その時、注目しないといけないなーと思うのが、その行動が一体、誰のなんのための行動だったのか?という問いだと思うんです。

仕事であれば、基本的にはクライアントのほうを見ていると思うのですが、もし、あなたのコミュニケーションが残念で、普段から恐怖を植え付けている場合、「あなたの顔色」が行動の基準になっていたかもしれません。

・怒られそうだからやらない

みたいに…

 

自分自身を顧みても同じです。

僕は、会社ではコンサル、プライベートではコーチとして目標を設定して行動をしようとはおもっているわけですが、なぜかギターを買ってしまったわけです…

すると「演奏する」という行動に行きつくわけですが、目的は明らかに「娘にモテるため」であって、ビジネス上の目的のためではない…

 

なので、「行動力がない…」などと落ち込む必要は本来なくて、「人は基本行動力がある。その方向性を調整すればいいだけだ。」

と言えるんじゃないかと思うわけです。

さて、あなたは貴重な24時間をどんな「行動」に当てますか?

 

P・S

ギターはほどほどにします。。ほんとに…

 

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ABOUTこの記事をかいた人

2017年前まで大企業で人事・総務、営業を経験、その後、WEBマーケティングのコンサル会社に転職。現在に至る。 会社やクライアントにコントロールされている感覚が抜けず、すべてに受け身な状態になってしまっていました。そんなときにコーチングに出会い、自分の人生を自分でコントロールし、自分株式会社の経営者として人生戦略・キャリア戦略をもつことが大事だと築き、自らを変え、コーチングによるサポートも行っています。 「会社員だから」「フリーランスだから」ではなく、自分が納得できるキャリアや人生を描くサポートをしていきます。 これからは、ビジネスマン・アスリートをコーチングでサポートしながら、学校教育にもコーチングを拡げ、変化の激しい時代を力強く進んでいくためのコンパスを子どもたちに提供してきたいと考えています。