このところの気温の寒暖の差に戸惑いを隠せません。
我が家は娘2人もかぜっぴきで、ぼくも花粉症と思われる症状に悩まされるばかりかこのところの寒暖の差で体調やられぎみです。
インフルエンザも流行っているとのことなので、気をつけましょう。
身体は資本です。アスリートは特に。
負けたときとかによくあるやつ
上には上がいるというか、たまに下と評される人に負けることもあるのがスポーツです。
テニスのジョコビッチ選手は、なんか最近圧倒的すぎる印象ありますが、それでも誰かしらに負けることはあります。
ずっと勝っていられるのは理想的ではありますけども。
そういうときに、負けた本人というよりはそれを見ていた人とかサポーターとかから聞こえてくる声があるのですが、
・判定が厳しすぎて負けた
・誤審で負けた
・あれが入っていなければ
・怪我さえなければ…
・気温が暑過ぎて不利だった
などなど。
いわゆる「言い訳」と評される言葉です。
当事者が言うと「言い訳」といわれることを、なぜか周りで見ている人は使ったりするのだから面白いのですが、この言い訳にも「発展性があるもの」と「発展性がまるでないもの」の2種類があると思うのですよ。
発展性がまるでない言い訳
まず、発展性がないほうを見ていきますが、それがさっき上げたやつなんかは代表的ですよね。
・判定が厳しすぎて負けた
・誤審で負けた
・あれが入っていなければ
・怪我さえなければ…
これの何がまずいのかというと、「他人や外部のせいにしている」点もそうなのですが、もっと丁寧に言うと「これらは自分ではまったくコントロールが効かない」という点にあります。
たとえこれが次の試合になっても、自分では防ぎようも対策のしようもありません。
怪我は予防やケアはできるのかもしれませんが、実際には完璧にコントロールしきれるものでもありません。
なので、これらのことを言っていても何の発展性もないんです。次にまったくつながらない。
発展性がある言い訳
じゃあその逆はなんなのか、というとたとえばこういうやつ。
・あのミスをしなければ…
・あのシュートを決めていれば…
・あの場面でもっと冷静になれていれば…
とか。
一件、いわゆる「たられば」で一緒くたにされがちなんですけども、この辺は丁寧に見ていかないといけないと思っています。
これらの場合は一貫して「自分になんとかできる領域」で話をしているのです。
たしかに、このままだとちょっとよくないので、改造が必要です。
・あのミスをしなければ… ⇒あの場面のミスはどうすれば対応できた?
・あのシュートを決めていれば… ⇒あの場面のシュートはどう打てばよかった?
・あの場面でもっと冷静になれていれば… ⇒冷静になることで、何が見えてくる?
こんな感じで対策につながる質問をつなげる。
誰でも負けるように誰でもいつかミスや失敗は出ます。
なので、出たらそれに対して対策を練って練習に落とし込み、次同じ場面で成果を発揮すればいいんです。
まとめ
試合後の負けたほうの原因を聞いておいて「言い訳」とかむちゃくちゃいう人も少なくないですが、言葉を丁寧に確認する必要はあると感じます。
選手の側も、なに言っても言い訳といわれる…とか思う必要なくて、ミスの原因と対策を丁寧にやるためには必要な「言い訳」もあるんだと思うこと。
これは言い訳というより反省と言ったほうがしっくりくるのですが、日本てこのへんごっちゃにする傾向があるので本当に注意が必要。
今回の話は「ごっちゃにしてもいいけど分類は必要だよ」という話をしたかったのであります。
選手のみなさまに置かれましては、このへん周りに言う必要はないけど自分のなかではきっちり整理してほしいです。
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