【ドゥンガの言葉】セレソンとは何か、そして今学ぶべきメンタリティ

ドゥンガといえば、日本サッカー界で知らない人はかなり少ない選手でしょう。

かつて、ジュビロ磐田に所属し、黄金期を築いた時のメンバーであり、当時現役バリバリのブラジル代表でした。

ワールドカップでドゥンガの紹介テロップが「所属:ジュビロ磐田」となっていたのが、かなり不思議なものに思えたものです。

今回は、そのドゥンガがジュビロに所属していた1998年4月に刊行された「セレソン」という本から、世界を知る男「ドゥンガ」のメンタリティに迫ってみます。

セレソンとは

セレソンというのはブラジル代表の愛称で、意味はポルトガル語で「選ばれし者」というそうです。

要は「代表」ということですが、セレソンという言葉の響きがかなりカッコよく、個人的には「強さの象徴」という感じがしています。

ブラジルにおいて、セレソンのカナリア色のユニフォームに袖を通すことは、ブラジルの全サッカー選手の夢であり、この上ない譽れなのだそうです。

ブラジルという言わずと知れたサッカー王国の代表ですから、文中にも見出しとして出てきますが「勝利か、さもなくば死を」問いうスポーツなのに命のやり取りを迫られるかのようなプレッシャーを背負うことにもなります。

日本では命まで取られるやり取りはおそらくないでしょうが、文化の違いもあって、ブラジルではプレッシャーも桁違い。

ドゥンガにとってセレソンとは、夢であり、仕事でもあり、プレッシャーでもあり、そして何より誇りだったんだなと、全編読むと伝わってきます。

その中で培われてきたメンタリティが18年も前に日本に伝えられていたのだから、当時もっと見ておけばよかったと後悔しなくもありません。。。

とにかく「準備」

ドゥンガが著書でくりかえし強調していることが「自分に集中すること」であり、とにかくいいパフォーマンスをするための「準備」の重要性を説いています。

それは、個人としての準備もだし、サッカーはチームスポーツですから、チームとしての準備も同じく意図を持って行われるべきだという立場を取っています。

中でも印象的なことはとにかく「今に集中している」ということ。

例えば、シュートを打つときやPKを蹴る時などは「外したらどうしよう」などと不安や恐怖に襲われてしまう選手は少なくないと思います。

ですが、ドゥンガはそういう考えても意味のないことは考えず「ボールをどこにどう蹴るか」という思考でプレーをしている。

とにかくプレーが意図的であり、説明がつけられる。

得点にも失点にも理由があり、何かがよかったから得点し、何かがおかしかったから失点したのだと、強面で情熱的にプレーしている印象とは対照的に、非常に論理的にサッカーを捉えている一面がうかがい知れます。

メンタルトランジション

トランジションとはいわゆる「切り替え」のことで、攻めから守りに切り替えることを「ネガティブトランジション」、守りから攻めに転じることを「ポジティブトランジション」と言います。

メンタルトランジションというのは僕がこの本を読んでつけた造語です。

要はメンタル面の切り替えのことです。

メンタル面の切り替えは刊行から18年経った今でも学び取る、いや学ぶべき点が非常に多い。

ブラジルには「過去は唯一、博物館の中で生きている」という格言があるそうです。

これは「一つの結果に満足し、酔いしれている時間などサッカーにも、そして人生にもないのだ」という文脈で出てくる言葉です。

一つのことが終われば、また次のプレーに向けて動きだす。

それが、良いことであれ、悪いことであれ同じことで、過去は博物館にしまっておけという厳しい戒めのメンタリティを指しているのです。

僕らは、つい一つ結果が出たことで一喜一憂してしまうところがあります。

つい最近、Jリーグのプレーバック動画がSNS上で流れていましたが、得点して喜んでいる隙に試合がリスタートされてすぐに同点に追いつかれる…なんてことも、Jリーグ草創期ですがありました。

この舞い上がりやすいところは、国民性とも言えるかもと個人的には考えていて、ブラジルに伝わるこの格言は、胸にしまっておいて損はなかろうと考えます。

改めてセレソンとは

ドゥンガにとってセレソンは夢であり仕事であり、プレッシャーであり、そして誇りであると述べましたが、全編を読み、こうしてブログを書いていて今思うのは、「あ、セレソンって生き方なんだ」ということ。

「セレソン」にはドゥンガのイメージ通りの厳しい言葉が多く登場します。

それらの言葉は、ドゥンガが長年セレソンの一員としてとにかく勝利を目指す過程で自分を鼓舞する言葉であったと同時に、生き方にまで昇華されているんだなと、今まさに感動しているところです。

18年の時を経ても色あせない魅力

「セレソン」は今から18年前に書かれた著書です。

ビジネス書であれば情報としては古い部類に入ってしまいますが、ドゥンガが当時日本に提言した内容も含め、メンタル面でも本当に取り入れていきたい言葉が溢れています。

サッカーだけでなく、あらゆるスポーツそして、ビジネスでも精通するものです。

「プロフェッショナル ドゥンガ」の生き様を改めて振り返り、今自分に足りてないなと思うことを取り入れてみてはいかがでしょうか。

「セレソン」の印象的な言葉

では、最後に印象的だった言葉を抜粋していきます。

虚栄心をくすぐり、弱くてかわいそうな日本と思い込ませて、実際の試合になったら彼らが驚くようなシナリオを作り、準備をすれば良いではないか。

 

戦術的にも相手が進んでいたら、さらに優れた知性で準備をすれば良いではないか

 

チームメイトのミスを指摘しない方が、私にはよほど敬意に欠ける行為に映る。注意をしないことで負けたのだとしたら、二人の関係は友人のそれですらない。

 

メンタリティに関してひとつだけ言わせてもらうと、日本人は間違いを見つけてもなかなか変えようとしないところがある。私にはどうしてもこのことが我慢できない。

(中略)

私の数少ない経験では、日本人はほんの少しのことを覚えると、もうすべてを理解したような気になってしまうことがままあるように感じる。サッカーは常に学習を続けていなければうまくはならない。絶対に立ち止まることは許されない。私はそれは人生に似ていると思う。

 

日本には謙虚さが必要だ。

 

国が異なればすべてが異なるのは当たり前で、それを失敗の言い訳にはできない

 

チームを出て行く時は、私自身の意思で出て行くのだと決めていた

 

試合に敗れて酷評されたからといって泣いても仕方ない。

 

他人の批評に対して言い訳を考えたところで仕方がない。そんな余裕があったら自分のミスをその原因を考えることだ。

 

自分はその時々で、できるだけのことをしてきたという自信があった

 

私はこうすればもっと良くなると思えば、いつもそれにトライしてきた。

 

人生には調子のいい時も悪い時もあるが、大切なのは調子の良い時に他人を軽蔑したりしないことだ。

 

優勝か、さもなくば死を

 

ペナルティエリアに着いてボールを置くまで、私はどんなボールを蹴るのか考え抜いていた。強く蹴るのか、弱く蹴るのか。もしミスをするしたら、それはどんなボールを蹴ったときか。

 

自分はこれまでどれだけの人を幸せにしてきただろう。自分を信じてくれた人に、どれほど喜びと幸せを与えることができただろう。

 

向上心がなければ生きている意味もない

まとめ

もっともっと紹介したい言葉はあったし、突っ込んで考えていきたいところもあったのですが、それはまた次回以降にとっておきます。

この後、ドゥンガの2冊目の著書「勝者の条件」も読むので、そっち先に読んで書評して、ドゥンガのメンタルを総括していく、、、みたいな流れで書いていきたいと思います。

繰り返しになりますが、文化の違いもあるので受け入れがたいことはあるでしょうが、今でも学ぶできことが多い本であることは間違いありません。

ぜひ手にとってみてください。

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ABOUTこの記事をかいた人

カメダ ナオト

2017年前まで大企業で人事・総務、営業を経験、その後、WEBマーケティングのコンサル会社に転職。現在に至る。 会社やクライアントにコントロールされている感覚が抜けず、すべてに受け身な状態になってしまっていました。そんなときにコーチングに出会い、自分の人生を自分でコントロールし、自分株式会社の経営者として人生戦略・キャリア戦略をもつことが大事だと築き、自らを変え、コーチングによるサポートも行っています。 「会社員だから」「フリーランスだから」ではなく、自分が納得できるキャリアや人生を描くサポートをしていきます。 これからは、ビジネスマン・アスリートをコーチングでサポートしながら、学校教育にもコーチングを拡げ、変化の激しい時代を力強く進んでいくためのコンパスを子どもたちに提供してきたいと考えています。